父親である金子詔一

私の父、金子詔一は日本の作詞作曲家であり、「今日の日はさよなら」をはじめ、多くの楽曲で人々の心を動かしてきました。幼い頃から父の音楽や創造力に触れ、その姿勢や表現力に深く感銘を受けて育ちました。北米への留学を決めた際も、父の導きと励ましが私の背中を押してくれました。今の私の考え方や挑戦する姿勢、価値観の根底には、尊敬する父の存在があります。父との関係こそが、有限会社シー・ティ・ビーの代表としての金子太郎を形作る原点です。

AdobeStock_456024336-960x741

一番に頼れる存在

小さい頃から、父・金子詔一は私にとって絶対的な存在でした。作詞作曲家としての姿勢、物事に真摯に向き合う背中、どんな時もぶれない生き方――そのすべてが憧れでした。何かを決める時、迷った時、最初に思い浮かぶのはいつも父の言葉でした。厳しさの中にも深い愛情があり、言葉にしなくても導いてくれる人。そんな父の存在や考え方が、今の私の根っこの部分をつくっています。

pixta_107994455_M

勘当

尊敬する父、金子詔一から、私が結婚する30歳のタイミングで「勘当」を告げられました。カナダで出会った三島出身の妻との結婚に、父は「結婚」をどう考えているのか問います。独立を意味するこの決断について、何十通もの手紙をやり取りしました。当時の私は未熟者であり、自由に生きているのは親の枠の中でのことに過ぎないと父は言います。結婚とは自分の枠で生きること、それが勘当。家を継ぐならお金だけでなく、金子家としての振る舞いや人との繋がりに責任を持てるか、と父は問いかけました。その真意を知るのは、私にとってもう少し先のことです。

pixta_31629872_M

父親の逝去

父、金子詔一の逝去は、自分にとって大きな区切りの出来事でした。最後に父がくれた言葉は、「それぞれ大人なんだから、Please Enjoy」。シンプルな言葉ですが、自由に選び、自分の道を楽しめというメッセージだと感じています。父がいなくなった今も、その言葉は心の中で生き続けています。迷ったときや決断のとき、ふと頭をよぎるたびに、自分で考え、行動する力を思い出させてくれるのです。

AdobeStock_219362698-960x640